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「え?」

「ミャアミャア」

   目線を逸らすクロネコのクロ。ボクの観察の目は疑いの目に変わる。

「クロネコのクロお?」

「ミャン?」

   クロネコのクロは目線をボクに合わせることなく、何事もなかったかのように再び三枚目のマグロを食べ始める。

「うま、うま」

   もう鳴き声ではなく、はっきりと言葉で「うまうま」と聞こえる。ボクは少し声の調子を抑えて言ってみた。

「クロネコのくろお?」
 クロネコのクロにとっては初めての本物のマグロだ。よっぽど美味しいのかカニカマの時のようにウーニャ、ウーニャ唸りながら食べ始めた。

「ウーニャ、ウーニャ」

 それが段々、うまうまって聞こえてくる。マグロをほおばりながら横目でこっちを見ているようにも見える。これうめえなあ、これうめえなあ、すげえすげえ、まぐおうめえ、まぐおすげえ。

   ネコの表情が分からなくても、なんか夢中ということは伝わってくる。ボクも夢中で観察する。

「脂がのっていて、なんてうめえんだ。これが本物のまぐおか。うまうま」

「ねえ、美味しいでしょ。」

「キャットフードのまぐおと全然違うじゃねえか。カニカマとも違うこの旨味」

「大間って言ってとても有名な所のマグロ」
「こ、これが大間のまぐおか?」

 ボクは、はっとした。クロネコのクロを見る。クロネコのクロも何かに気づき、口に咥えたマグロを皿に落とした。「は!」とした顔で口を開けたままボクを見る。

「え?」
「ニャン?」
 家に帰り、晩ごはんでいつものキャットフードの隣に、小さな本物のマグロを三切れほど取り出す。ネコ皿を用意した時点で、名前を呼ばなくてもすでにクロネコのクロは臨戦態勢。

「ミャアアアー、ミャアアアー」

 ボクがネコ皿を手に持ち、クロネコのクロに差し出すと、鳴き声はさらに大きくなり悲鳴のような鳴き声。

「ミャアアアー、ミャアアアー」

 ボクは、そのままクロネコのクロの反応を観察した。
 ツキミソウの夢を見た次の日、ボクはお魚屋で、クロネコのクロの晩ごはんのためにマグロを買った。今まではマグロ味のキャットフード。なんとなく本物のマグロを体験してもらおうかと思って。

   買い物に出かけると、クロネコのクロは必ず後ろをついてくる。そんな健気な様子を見て、ちょっと贅沢だけれど、本物のマグロを食べさせてあげようと思った。ネコ語のレッスン料の意味もある。

 ツキミソウの夢を見て、さらに何かヒントのようなものに触れることができて、少し嬉しくなって、ちょっとご機嫌だったということもあるかもしれない。

 結果として、このマグロがボクとクロネコのクロのやりとりを変えることになる。
 でも、どうしてそんな質問を? 

 ボクのネコ語の勉強を通じて、偶然なのか分からないけれど、何度となく出てきたボクの中でのキーワード。

「決めつけてはいけない」

    そのことを考えるようになってから、ボクがクロネコのクロをよく観察するようになったのと同じように、クロネコのクロもボクのことを観察している気がする。

   つまりボクも見守られている。買い物へ一緒についてきてくれるようになってから、さらにボクはそう思うようになった。
   ボクは、ネコを主人公とした小説を書こうとしていた。時と場合によってネコの鳴き方が変わる。ごはんのとき、トイレ、外へ出たい時、甘えたい時、寒い冬にベッドに潜り込む時に小さく鳴く時、一つ一つの鳴き方からネコの気持ちが理解できたら、作品にネコらしさを表現できないかとそう思ったのが始まり。その程度。

   でも気がつくと、ネコの仕草や表情を観察し、ネコ語を理解しようと真似をしてから、クロネコのクロを以前より、よく見るようになったのは確か。

   家の外でクロネコのクロ以外のネコの鳴き方を観察しても、どれが「ごはん」の時の鳴き方なのかはわからない。でも、クロネコのクロの「ごはん」は分かる。外へ出たい時のクロネコのクロのアピールの仕方も。

   挙げ句の果てに「お月さんは何色?」なんて言う謎の質問まで聞き取った。←今、ここ。

 ツキミソウってなんか健気だなとボクは思った。なんというか月に見てもらえるわけがない、仕方がないと言いつつ、月を見ているのが好きだと言う。控えめな感じに少しグッときた。

 それとボクは安心した。少し嬉しくもなった。ヒマワリもアサガオも月よりも太陽が好きと言っていた。お花屋さんのおばあさんは、太陽よりも月が好きなのかどうか、そこまでは言っていなかったけれど、満月の日の夕方のオレンジ色の月が好きとは言っていた。だから、なんとなく太陽が好きという方が多いのかなと思っていた。

 でも、ツキミソウのように太陽よりも月が好き、そう思うのもいる。やっぱり決めつけてはいけない。
 
  それにひょっとしたら、昼間に見える白いお月さんは、明るい空からちゃんとツキミソウのことを見ているかもしれない。もちろんツキミソウの花は咲いていないかもしれないけれど、ボクはそう思う。太陽の力を借りてということも忘れてはいけない。

  今度は、ボクがツキミソウに「決めつけないで」と、教えてあげてもいい。当たり前のことだと思っていても、ちょっと今までとは違う何かに気がつくことができれば、いろいろなことが違って見える。ちょっとしたことでも、面白い何かが始まるかもしれない。そのちょっとしたこととか、面白い何かというのが何を表すのかはまだわからないけれどね。

  ところでクロネコのクロは、ボクに何を言おうとしているのだろうか。
「お月さまの色が知りたいんでしょ。あの空を見てよ、まあるい月。月の色は白。昼間の月も夜の月も白よ。私はみんなが寝た頃の静かな夜の空に出ている白いお月さまを見ているのが好き。私は夕方、太陽が沈むころ咲き始めて、翌朝しぼむの。その間、お月さまをじっと見ているの。太陽と違ってちょっと控えめに見えるお月さまがいい。でもね。お月さまは私のことなんか知らないの。いくら満月の月明りでもやっぱり夜なの。暗い地面にひっそりと咲いている私なんか、お月さまに見えるわけがないでしょ。仕方ないことなの。でも、いつか暗い夜の空からでも、お月さまに気づいてもらえる日が来ると思っている。絶対に不可能なんて、誰にも言えないと思うの。」
 しばらく何という名前の花なんだろうと考えながら眺めていた。すると夜の夢の中だけれど、サ~ッと涼しい風が吹いてくるのを感じた。それでその白い花がちょっと揺れて、白い花の部分がボクの方を向いたように見えた。なんて言うか、顔がこっちを向いたように思えた。

 だからボクは静かに話しかけようとした。夜だからうるさくしてはいけない。寝ているみんなを邪魔してはいけない。でも、ボクが話しかける前に白い花が、先にそして静かに話しかけてきた。この間の、アサガオとヒマワリと同じようにね。

「こんばんは、私はツキミソウ」

 やっぱり名前は聞いたことのある花だった。ツキミソウはこういう花だったんだね。正直、名前は聞いたことがあってもどんな花なのか、知らなかった。アサガオやヒマワリと違って、高くもなく小さな花。夜中に、何かの用事で起きて、家の外を歩くとしよう、よく見ないと踏んづけてしまいそうな、そんな目立たない花。
「お月さんは何色?」と、ネコのクロネコのクロに突然、質問されてしばらくしてからのある日、またボクは夢を見た。

   夢の中は夜だった。ボクは今まで夢といえば明るい昼間の夢ばかりだったけれど、その日の夢はなぜか暗い夜だった。暗いけれどまあるい月が出ていてその光でうっすらと周りが見える。

 そして足元の花壇、そこに咲いていたのがヒマワリやアサガオと比べて高さが低く小さな白い花だった。何という名前の花なのか知らない。見たことがあるのか、見たことがないのかもわからない。

 でもどこかの公園の花壇に植えられていそうな、よくありそうな花。特別珍しい花ではなさそうなそんな花。その花はボクがそばに近づいても、何も反応がなく静かに咲いていた。

クロネコのクロが動けば

ボクは見る

ボクが動けば

クロネコのクロはボクを見る


クロネコのクロが鳴けば

ボクは見る。

ボクがネコ語で鳴けば

クロネコのクロの耳は動く


ボクを見るクロネコのクロ

目を細めて視線そらす

そんなクロネコのクロの表情を

読み取ろうとしても

ボクにはわからん


クロネコのクロを

見ることをやめて放置

しばらくするとクロネコのクロは

ボクの膝の上に

なんだコレ


そんな日々

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